Lv.71 建築を読む — 空間と歴史と人間のはなし No.7 サステナブル建築の現在地






第7回 サステナブル建築の現在地|建築を読む


建築を読む — 空間と歴史と人間のはなし
No. 7

環境建築・サステナビリティ

サステナブル建築の
現在地

Designing for the Planet — Architecture in the Age of Climate Crisis

建築を読む シリーズ
|
第7回
|
約3,500字

建築が地球環境に与えている影響 — 主要データ

40%
エネルギー消費

世界の最終エネルギー消費のうち、建築物が占める割合

36%
CO₂排出

建築セクターが排出するエネルギー関連CO₂の世界シェア

50%
資源消費

世界の資源・原材料消費のうち建設活動が占める割合

2050
カーボンニュートラル目標

多くの国・都市が設定する建築部門の脱炭素達成目標年


気候変動が現実の危機として語られる今日、建築の問いは根本から変わりつつある。「美しいか」「機能的か」という問いに加えて、「地球に何をしているか」という問いが建築設計の中心に入ってきた。建築は世界のエネルギー消費の約40%を占め、CO₂排出の主要な原因のひとつだ。これは建築が問題の一部であることを意味するが、同時に、建築が解決の主役になれることも意味する。今回は、脱炭素時代の建築が何を目指し、どこまで来ているのかを読み解く。

THEME 01

建築の何が
問題なのか

The Environmental Cost of Buildings

建築が環境に与える負荷は、大きく二種類に分けられる。ひとつは「運用時の排出」——建物を使用している間の冷暖房・照明・給湯などのエネルギー消費に起因するCO₂だ。もうひとつは「内包炭素(エンボディドカーボン)」——建材の製造・輸送・建設・解体に伴うCO₂で、建物の使用開始前後に排出されるものだ。

長らく環境建築の議論は「運用時の省エネ」に集中してきた。断熱性能を上げ、高効率の設備を導入し、太陽光パネルを設置すれば、使用中の排出はゼロに近づけられる。だが近年、この視点だけでは不十分だという認識が広まっている。高性能な断熱材や複層ガラスの製造には大量のエネルギーが必要だ。「運用時はゼロカーボン」でも、建材製造時点で大量のCO₂を排出していては、本末転倒になりかねない。

概念の整理

ライフサイクル全体で考える——LCA(ライフサイクルアセスメント)

建物の環境負荷を正確に測るためには、設計・建設・運用・解体・廃棄までの全ライフサイクルを通じたCO₂排出量を評価する必要がある。この手法をLCAと呼ぶ。木造建築がコンクリート造より内包炭素が低いとされるのは、このLCA的視点に基づく評価だ。素材が貯蔵する炭素量(カーボンストック)まで考慮すると、木材はCO₂を大気中から吸収して固定した素材として、マイナスカーボンの可能性すら持つ。

THEME 02

ZEBとパッシブ設計——
消費しない建築へ

Zero Energy Buildings & Passive Design

「ZEB(ゼロ・エネルギー・ビルディング)」とは、建物で消費するエネルギーを、建物自体が生産する再生可能エネルギーで賄い、収支をゼロにする建物だ。太陽光発電・地中熱ヒートポンプ・高性能断熱・自然換気などを組み合わせて達成される。日本では2030年までに新築建物のZEB化を標準とする目標が掲げられており、設計の世界では急速に普及が進んでいる。

だがZEBには重要な前提がある。「高性能な設備で能動的にエネルギーを生産・消費する」という発想だ。これとは異なるアプローチが「パッシブ設計」だ。パッシブ設計とは、建物の向き・開口部の位置・庇の出幅・熱容量の大きい素材の配置などを工夫することで、設備に頼らずに快適な室内環境を実現しようとする考え方だ。

アクティブ・アプローチ

ZEB・高性能設備

太陽光発電・高効率空調・センサー制御などの技術で、エネルギー消費をゼロにする。設備コストは高いが、既存建物にも後付けしやすい。

パッシブ・アプローチ

設計による自然制御

建物の向き・断熱・庇・通風計画で、設備なしに快適さを実現。設計段階での判断が全てを決めるため、計画の初期段階から組み込む必要がある。

パッシブ設計の思想は、じつは新しいものではない。日本の伝統的な民家は南面開口・深い軒・土間・通り土間などによって、夏の日射を遮り冬の日光を取り込む「気候に応じた設計」を何百年も前に実現していた(第3回参照)。現代のサステナブル建築は、この知恵を改めて科学的に体系化しているとも言える。

THEME 03

バイオフィリック
デザイン——自然との共生

Biophilic Design: Bringing Nature In

「バイオフィリア(Biophilia)」とは、生物学者E・O・ウィルソンが提唱した概念で、「人間は本能的に自然とのつながりを求める」という考え方だ。バイオフィリック・デザインは、この性質を建築設計に積極的に組み込もうとするアプローチで、単なる「植物の配置」にとどまらない、より深い自然との統合を目指す。

人間は都市の中に暮らしながら、自然を切り離すことができない。バイオフィリック・デザインとは、その切り離せなさを設計の力に変えることだ。

— バイオフィリック・デザインの視点より

シンガポールは都市スケールでのバイオフィリック・デザインを最も積極的に実践している国のひとつだ。「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ」(2012年)のスーパーツリー群は、外来植物を垂直に生育させる人工構造物だが、空調排気の再利用や太陽光発電を内包し、生態系と都市インフラを融合させた試みだ。同国の建築家KPFが設計したジュエル・チャンギ空港(2019年)は、ガラスドームの中に世界最大規模の室内滝と森林を持ち、空港という極めて非自然的な施設の中に自然体験を埋め込んだ。

建築を読む — 日本の事例

隈研吾と「自然素材の現代的再解釈」

隈研吾は木・竹・石・和紙など自然素材を現代建築に取り込む設計で知られる。根津美術館(2009年)では竹格子のファサードが内外をつなぎ、歌舞伎座(2013年)では伝統的な木組みを高層ビルの低層部に組み合わせた。隈のアプローチは「自然素材 = 温もり」という単純な図式を超え、素材の物性——光の透過・影の濃淡・経年変化——を設計言語として使う点で、バイオフィリック・デザインの深い実践と言える。

THEME 04

素材の革命——
建材はどう変わるか

The Material Revolution in Sustainable Construction

サステナブル建築の最前線は、素材の革新でもある。コンクリートと鉄骨が20世紀建築の素材的基盤だったとすれば、21世紀の建築は新しい素材の可能性を急速に広げている。

素材・技術 特徴と環境的意義 代表的な事例
CLT(直交集成板) 木材を直交に積層接着した建材。高強度で大型建築に使用可能。炭素を建物内に固定するカーボンストック効果。 Brock Commons(カナダ、18階建て木造、2017年)
マス・ティンバー CLTを含む大断面木質構造の総称。鉄骨・コンクリートに匹敵する強度を木で実現。 Ascent(米国、25階建て木造、2022年)
ローカーボン・コンクリート セメントの一部を産業副産物(フライアッシュ・高炉スラグ)で置換しCO₂排出を削減。 各国のインフラ工事に普及中
菌糸(マイセリウム)建材 きのこの根(菌糸)と農業廃棄物を組み合わせた完全生分解可能な建材。断熱・吸音性能が高い。 Ecovative社製品・建築実験プロジェクト
再生建材・アップサイクル 解体建物から回収した建材を再利用。「サーキュラー建築」の中核。製造エネルギーをほぼゼロにできる。 Resource Rows(デンマーク、2019年)

特に注目すべきは木造高層建築の台頭だ。「木造は火に弱く、高層建築には使えない」という常識は、CLT(直交集成板)の登場によって覆されつつある。カナダのブロック・コモンズ(18階)、アメリカのアセント(25階)など、かつては不可能とされた規模の木造建築が実現している。木造高層は鉄筋コンクリート造と比べてCO₂排出量を大幅に削減できるだけでなく、施工の速さ・軽量性・室内環境の質という点でも優れた特性を持つ。

THEME 05

グリーンウォッシュと
本質的な問い

Greenwashing vs. Genuine Sustainability

サステナブル建築への関心の高まりには、批判的に見るべき側面もある。「緑の植物をファサードに貼れば環境建築」「LEED認証を取れば持続可能」という表面的な取り組みは、グリーンウォッシュ(見かけだけの環境配慮)と呼ばれる。建物に植物を張り付けながら、維持管理に大量の水を使う——これはむしろ環境負荷を増やしかねない。

本質的な問い

最もサステナブルな建築とは「建てないこと」か

建築の環境負荷を根本から問うとき、「既存建物を使い続けること」こそが最もサステナブルだという議論がある。新築建物がどれほど省エネであっても、建設時に排出する内包炭素は相当量に上る。改修・リノベーション・コンバージョンを優先し、どうしても新築するときは最大限の素材効率を求める——この「建築の減法」という発想は、成長を前提とした近代建築の根本を問い直す。第3回で見た伊勢神宮の「更新と循環」の思想と、現代のサーキュラー建築の思想が、ここで奇妙に重なる。

EPILOGUE

建築は地球への
応答である

第1回から振り返れば、建築はつねに「時代の問い」への応答だった。中世の問いは「神にどう近づくか」だった。近代の問いは「人間の生活をいかに合理化するか」だった。そして今日の問いは「地球とどう共存するか」だ。

この問いは技術の問いでもあるが、それ以上に価値観の問いだ。より多く・より大きく・より速く——という成長の倫理を前提にする限り、建築の環境負荷を根本から変えることは難しい。サステナブル建築の本質は、技術の革新だけでなく、「何を良い建築と呼ぶか」という美意識そのものを更新することにあるのかもしれない。

次回、最終回は「AIと建築の未来」を取り上げる。生成AIが設計プロセスに入り込み始めた今、建築家の役割はどう変わり、「建築とは何か」という問いはどこへ向かうのか——シリーズの問いを締めくくる。

建築を読む — 空間と歴史と人間のはなし  |  第7回


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